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福原越後

作成日:2015年2月28日、公開日:2016年5月18日、更新日:2017年4月14日

福原越後について調べる資料をご紹介します。資料は山口県資料コーナーの他、書庫内にあります。

なお、この調べ方案内の印刷用ファイルはこちら(PDF,248.32KB)です。ダウンロードしてご利用下さい。

◎人物紹介

福原越後(フクバラ・エチゴ)

文化12年(1815)~元治元年(1864)
<初名>勝定 <幼名>徴之介 <通称>元定・元僴 他 <雅号>翠崖

 萩藩の永代家老。徳山藩の藩主・毛利広鎮の六男として生まれ、敬親の命により永代家老の家柄である福原家に入る。嘉永4年(1851)に江戸留守居役、万延元年(1860)当職に任ぜられ、藩主父子を補佐する。文久3年(1863)8月18日の政変により藩が失った政治勢力の回復のため、元治元年(1864)の禁門の変(蛤御門の変)では先発隊を率いて戦うも負傷し、敗退。幕府への謝罪のため三家老の一人(益田右衛門介国司信濃)として切腹。50歳没。

 文学を好み詩歌を楽しんだという。平成22年(2010)には主祭神である宇部護国神社に銅像が建立された。

◎資料紹介

伝記

『贈正四位福原越後公傳』(田中喜市 1916 請求記号Y289/F 74)別に写本有
『福原越後 維新の前夜』(上田 芳江著 1966 請求記号Y289/F 74)

和歌

『翠崖詩鈔・翠崖詠草』(福原越後著 田中喜市 1932 請求記号Y289/F 74)別に写本有

文書

『福原家文書』(渡辺翁記念文化協会 1983 請求記号Y208/L 3)
中巻(罪状通知p88 遺書p90)、下巻(付録:福原氏系図)

人物略伝

『野史台維新史料叢書13傳記4』(日本史籍協会編 1974 請求記号R210.58/K 2)
(福原越後p11)
『名家老とダメ家老』(加来耕三著 講談社 2006 請求記号281.04/N 6)
(幕府や他藩との懸命の和解交渉もむなしく終わる 福原越後p159)

子ども向け

『山口・人物ものがたり』(「山口・人物ものがたり」研究会編 フレーベル館 1984 請求記号Y280/L 4)
(封建時代最後の武士の生きざまを切腹によって示した悲劇の人p62)

お問い合わせ先

山口県立山口図書館 総合サービスグループ
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FAX:083-932-2817
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