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吉川経幹

作成日:2015年2月28日、公開日:2016年5月18

吉川経幹について調べる資料をご紹介します。資料は山口県資料コーナーの他、書庫内にあります。

なお、この調べ方案内の印刷用ファイルはこちら(PDF,254.11KB)です。ダウンロードしてご利用下さい。

◎人物紹介

吉川経幹(キッカワ・ツネマサ)

文政12年(1829)~慶応3年(1867)
章貞・経幹 亀之進・監物・駿河守 南陽・習静楼主人

 幕末の長州(萩)藩の支藩、第12代岩国領主。関ヶ原の戦い以降、家格問題で数代にわたって疎遠であった毛利宗家との融和協調に努めた。
 弘化2年(1845)、藩校養老館を開校して人材育成に力を入れ、種痘を領内に広める等、積極的に新たな政策に取り組んだ。
 元治元年(1864)の禁門の変(蛤御門の変)後、宗藩に恭順を説き、謝罪を周旋したことにより、第一次長州征伐の開戦を免れ、藩主父子を危機から救った。その後、二度目の開戦を想定し、武備恭順に政策を転換。家兵の訓練や民兵団の養成を行って開戦に備え、慶応2年(1866)の第二次長州征伐(四境戦争)では、征長軍が最大の兵力を集中させた芸州口に岩国藩兵を出撃させ、征長軍を進軍させなかった。
 慶応3年(1867)に病死するがその死は公表されず、萩藩主毛利敬親(もうり・たかちか)の働きかけにより、慶応4年(1868)に城主格(初代岩国藩主)となる。その後、「経健に家督を譲り隠居、没年は明治2年(1869)」とされた。年39歳で没。

◎資料紹介

著作

『吉川経幹周旋記 1』([吉川経幹著] 東京大学出版会 1985 請求記号Y289/KI22)
『吉川経幹周旋記 2』([吉川経幹著] 東京大学出版会 1985 請求記号Y289/KI22)
『吉川経幹周旋記 3』([吉川経幹著] 東京大学出版会 1985 請求記号Y289/KI22)
『吉川経幹周旋記 4』([吉川経幹著] 東京大学出版会 1985 請求記号Y289/KI22)
『吉川経幹周旋記 5』([吉川経幹著] 東京大学出版会 1985 請求記号Y289/KI22)
『吉川経幹周旋記 6』([吉川経幹著] 東京大学出版会 1985 請求記号Y289/KI22)
経幹が萩藩主敬親を助けるために周旋した顛末を記した記録集。
『習静樓遺稿 全』(吉川経幹 吉川経健 1900 請求記号Y454/M1)

伝記

『吉川経幹』(桂芳樹 吉川重喜 1969 請求記号Y289/KI22)
『英智の三藩主』(藤井淳史著 2014 請求記号Y288/P 4)
3藩主(初代広家・3代広嘉・12代経幹)について時代背景を交えて詳細に記してある。
『岩国市史 上』(岩国市史編纂委員会編纂 1970 請求記号Y233/K 0)
『郷土岩国のあゆみ』(大岡昇著 1974 請求記号Y233/K 4)
吉川家の歴史、藩校養老館設立の経緯・職制・教科等に関する記述あり。

参考

『旧岩国藩主吉川家墓所案内記』(じゃげな会[編] じゃげな会 1994 請求記号Y233/M 4)
お塔の位置・法名・歴代藩主や親族の紹介等。

お問い合わせ先

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TEL:083-924-2114(調査・相談)
FAX:083-932-2817
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