メインコンテンツに移動

資料展示「百年前のベストセラー」

資料展示「百年前のベストセラー」

資料展示「百年前のベストセラー」の様子です。

公開日:2012年9月2日、更新日:2012年11月6日

1912年7月 に明治から大正に改元されてから、満100年になりました。大正時代と言えば、第一次世界大戦(1914-1918)、関東大震災(1923)、大正デモクラシーなどの言葉が浮かんできます。この世相の中で、日本人はどのような本を読んでいたのでしょうか。

大正時代のベストセラーを所蔵資料の中から紹介します。

(参考文献)

『本の百年史 ベスト・セラーの今昔』、瀬沼茂樹著、出版ニュース社、1965

『日本出版文化史』岡野他家夫、原書房、1981

『日本近代文学大事典』1-6日本近代文学館編、講談社、1977-78

『コンサイス日本人名事典』第5版、三省堂編修所編、三省堂、2009

『現代日本朝日人物事典』、朝日新聞社編・刊、1990

場所:山口県立山口図書館 2F展示コーナー

期間:平成24年9月1日(土曜日)~10月30日(火曜日)

資料紹介

『地上 第一部』
島田 清次郎∥著 、 黒色戦線社 、 1986.04 、[当館請求記号: /SH36 ]
『地上 第二部』
島田 清次郎∥著 、 黒色戦線社 、 1986.04 、[当館請求記号: /SH36 ]
『地上 第三部』
島田 清次郎∥著 、 黒色戦線社 、 1986.04 、[当館請求記号: /SH36 ]
『地上 第四部』
島田 清次郎∥著 、 黒色戦線社 、 1986.04 、[当館請求記号: /SH36 ]
第1~4部。初版は大正8年~大正10年、新潮社刊。貧しい環境に育った天才的な少年が、学校や社会に反抗し、野望に燃えて人生の遍歴をつづけるという物語。自分を英雄化した半自伝的小説。第一次世界大戦後の大正デモクラシーの気運に合致して、若い読者を中心に人気を得た。
島田清次郎(しまだ・せいじろう)1899-1930(明32-昭5)小説家。石川県生まれ。父を早く亡くし、叔父の援助を受けるが、期待を裏切り、金沢商業中退。職業を転々としながら小説を執筆。大正7年、『地上』第1部を書き上げ、長谷川如是閑、堺利彦らの絶賛を受けベストセラーとなった。後年、傲慢な態度が世間の非難を受け、最後は保養院で病死した。
『死線を越えて 中卷』
賀川 豊彦∥著 、 改造社 、 1921.12 、[当館請求記号: /KA17 ]
神戸新川での貧民街体験を下に描かれた自伝小説。雑誌「改造」に連載された後、大正9年、改造社から刊行、一年たらずの間に二百版を重ね、ついに三百版となり、大正期最大のベストセラーとなった。展示本は、三部作の一冊。
賀川豊彦(かがわ・とよひこ)1888-1960(明21-昭35)キリスト教社会運動家。神戸市生まれ。中学時代に洗礼を受け、神戸の貧民街新川で伝道を始める。プリンストン神学校卒。労働運動から農民・水平・協同組合運動に関わりながら著述活動を続けた。「貧民心理の研究」「一粒の麦」など。
『出家とその弟子』
倉田 百三∥著 、 岩波書店 、 1927.03 、[当館請求記号: /KU56 ]
大正6年6月岩波書店刊の戯曲。親鸞と彼をめぐる人々を描く近代日本の代表的な宗教文学。この作品で、カリエスで郷里に入院中であった青年は一躍全国に知られるようになった。大正3年に創立された岩波書店の初期のベストセラーの第一とも言われる。
倉田百三(くらた・ひゃくぞう)1891-1943(明24-昭18)劇作家、評論家。広島県生まれ。一高に入学したが病気中退。1915年、西田天香の一燈園に入り思索生活を続ける。戯曲「出家とその弟子」で一躍有名になり、大正の宗教文学流行の機縁を作った。「愛と認識との出発」「青春の息の痕」など。
『海のロマンス』
米窪 太刀雄∥著 、 誠文堂書店 、 1914.02 、[当館請求記号: /Y 83 ]
大正3年初版。訓練航海で世界一周をした大成丸の世界周航記事で、後に出た『マドロスの悲哀』とともに若者に盛んに読まれた。
米窪満亮(よねくぼ・みつすけ)1888-1951(明21-昭26)小説家。政治家。長野県生まれ。大正3年東京高等商船を卒業。在学中、太刀雄のペンネームで『海のロマンス』を「朝日新聞」に連載、単行本には漱石が一文を寄せている。のち、海員組合を中心とする労働運動に携わり、昭和12年衆議院に初当選。23年には片山内閣の初代労働大臣となる。
『善の研究』
西田 幾多郎∥著 、 岩波書店 、 1921.05 、[当館請求記号: 121.9/F 1 ]
明治44年に弘道館から出版されていたが、大正10年3月、岩波書店から再刊されてからめざましい売れ行きを示した。当時の哲学青年の哲学入門書として好評を博した。
西田幾多郎(にしだ・きたろう)1870-1945(明3-昭20)哲学者。石川県生まれ。東大選科卒。中学、高校で教鞭をとった後、京大教授。独創的な哲学者、日本の哲学の指導者と言われ、その論は「西田哲学」と呼ばれる。旧制山口高校にも勤めた。
『人間親鸞』
石丸 梧平∥著 、 藏經書院 、 1922.05 、[当館請求記号: /I 77 ]
一部は「山を下りた親鸞」として東京朝日新聞に連載された後、大正11年1月1日付で刊行され、2月10日には15版が出ている。
石丸梧平(いしまる・ごへい)1886-1969(明19-昭44)小説家。評論家。大阪府生まれ。早大卒業後、中学で教鞭をとったが、小説家を志し上京。自費出版した「船場のぼんち」が認められ、朝日新聞に「山を下りた親鸞」を連載、『人間親鸞』として出版され、ベストセラーとなった。
 
『近代の恋愛観』
厨川 白村∥著 、 改造社 、 1923 、[当館請求記号: 152.1/F 3 ]
評論集。初出は「大阪朝日新聞」。大正11年10月、改造社刊。文芸にみられる性と恋愛の展開を追い、『ラブ』・イズ・ベスト」を提唱、インテリ層の男女間に人気を博した。
厨川白村(くりやがわ・はくそん)1880-1923(明13-大12)英文学者、文芸評論家。京都生まれ。旧制高校教授を経て、京大助教授。英文学以外に欧米近代文学の紹介と文学による文明批評的解説とで知られる。鎌倉の別荘で関東大震災にあい津波にさらわれたのがもとで死去。「近代文学十講」「象牙の塔を出て」など。
『三太郎の日記 第貳』
阿部 次郎∥(著) 、 岩波書店 、 1915.02 、[当館請求記号: /A 12 ]
感想評論集。第一が大正3年4月東雲堂、第二が4年6月岩波書店から出版、さらに『合本三太郎の日記』として7年6月岩波書店から出版された。
阿部次郎(あべ・じろう)1883-1959(明16-昭34)評論家。哲学者。山形県生まれ。東大哲学科卒業後、夏目漱石の門に入り、『三太郎の日記』を出版。また、『倫理学の根本問題』や『美学』を出版し、大正教養派の代表者とされた。
『大正大震災大火災』
大日本雄辯會講談社∥編纂 、 大日本雄辯會・講談社 、 1923.10 、[当館請求記号: 369.31/F 3 ]
大正12年9月の関東大震災の灰燼の中から、同年10月に出版された。講談社の社史によると60万部も出たベストセラー。
『小鳥の來る日』
吉田 絃二郎∥著 、 新潮社 、 1921.07 、[当館請求記号: /Y 86 ]
大正10年7月、新潮社刊。30編を収録した随筆感想集。 二百版を重ね、大正から昭和にかけて一時代を劃した。
吉田絃二郎(よしだ・げんじろう)1886-1956(明19-昭31)小説家。劇作家。随筆家。佐賀県生まれ。ミッションスクール、工業高校などを経て、種々の労働に従事し、その後、早稲田大学英文科卒業。早大で英文学を講師を勤めながら小説・戯曲・感想文を新聞、雑誌に発表した。陶酔的な美文は名文として一世を風靡した。「島の秋」「大地の涯」など。

このページの先頭に戻る