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ふるさと山口文学ギャラリー企画展「『層雲』の周防三羽ガラス ~山頭火・白船・碧松~」

公開日:2014年8月30日、更新日:2014年9月4日

ふるさと山口文学ギャラリー企画展「『層雲』の周防三羽ガラス ~山頭火・白船・碧松~」のポスターです。

『層雲』は、明治44年4月に荻原井泉水が創刊した自由律俳句を主とする文芸誌です。俳句は季題を離れ定型を捨て「印象の体律」を写すべきと唱えた井泉水の下で、『層雲』は自由律俳句の有力な俳人を輩出しました。山口県出身の俳人、種田山頭火(たねださんとうか)、久保白船(くぼはくせん)、江良碧松(えらへきしょう)もこの『層雲』で活躍し、その選者を務めたりもしています。

防府市出身の種田山頭火(1882~1940)は、大正2年に井泉水に師事し『層雲』に投句、自由律俳人の道を歩み始めます。家業の破産により郷里を離れ、さまざまな苦難と挫折の中で句作も一時中断しますが、大正13年出家得度し、行乞流転の旅に出る大正15年には再び『層雲』に投句し復帰をしています。以後、全国行脚の旅においても、草庵を結ぶ時期においても、句作は衰えることなく、俳友たちとの交歓と彼らの友情に支えられながら、漂泊の俳人として膨大な数の俳句と日記を残しました。

熊毛郡平生町出身の久保白船(1884~1941)は、『層雲』創刊とともに入会し、その生涯を終えるまで『層雲』同人として活躍しました。作風は写実的で繊細、その作品は『層雲』同人の注目を浴び、井泉水をして「山口の白船の辿り着いた境地は『層雲』の目指すところである」と言わしめました。居を徳山(現在の周南市)に移して後は「雑草の会」設立など地方俳壇の育成にも力を注ぎました。山頭火もしばしば白船居を訪れ、終焉の地である松山に向かう途上では、白船に愛用の鉄鉢を贈っています。

熊毛郡田布施町出身の江良碧松(1888~1977)は、明治45年に『層雲』に初登場しました。同じ頃に友人たちと自由律俳句の会「一夜会」を結成、その活発な活動が『層雲』により近隣の同好の士に知られるようになると、山頭火、白船たちと盛んに交流を行っています。郷里で農業に従事するかたわら句作に励み、その作風は純朴簡素、息子を戦争で失い一時期句作から離れていましたが、戦後再び句友との句会を再開するとともに、『層雲』に再登場し、昭和44年には井泉水賞を受賞しています。

今回の展示では、『層雲』において「周防三羽ガラス」と称されたこの3人の俳人の作品を、句作活動と句友との交流を中心に紹介します。

期間:平成26年8月30日(土曜日)~12月27日(土曜日)

場所:山口県立山口図書館 2階 ふるさと山口文学ギャラリー

展示冊数:約30冊

主催:山口県立山口図書館、やまぐち文学回廊構想推進協議会

展示の詳細はこちらをご参照ください。