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ニュースを読む「追悼 藤原てい」

公開日:2016年11月20日

ニュースを読む「追悼 藤原てい」の様子です。 直木賞作家故新田次郎氏の妻で、作家の藤原てい(ふじわら・てい)さんが、11月15日に亡くなりました。98歳でした。

長野県茅野市出身。1939年に当時気象庁に勤めていた新田氏と結婚、転勤のため家族で旧満州に渡りますが、第二次世界大戦の敗戦により夫が抑留されたため、3人の子どもを守り抜きながら日本に帰国しました。その引き上げ体験を綴った『流れる星は生きている』は、1949年の出版後、映画化・ドラマ化され、戦後の大ベストセラーとなります。

その後も、『わが夫 新田次郎』『自伝小説 旅路』など執筆活動を行う他、夫の死後は新田次郎記念会の設立・新田次郎文学賞の創設に尽力し、1984年から13年間は読売新聞「人生案内」の回答者も務めました。

次男の藤原正彦氏は数学者・エッセイスト、長女の藤原咲子氏もエッセイストとして知られ、4人の著作からは、妻から見た夫の姿、夫から見た妻の姿、そして子どもたちから見た父母の姿、といった、様々な角度からの家族の姿を読み取ることができます。

藤原ていさんを追悼し、その作品と関連図書を紹介します。

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展示資料

藤原ていの著作

『赤い丘赤い河』
藤原てい 著,修道社,1972,[当館請求記号:915.9/K 2]
『果てしなき流れのなかに』
藤原てい 著,家の光協会,1977,[当館請求記号:914.6/K 7]
『わが夫 新田次郎』
藤原てい 著,新潮社,1981,[当館請求記号:910.28/L 2]
『旅路』
藤原てい 著,読売新聞社,1981,[当館請求記号:/F 68]
『かぎりなき日々に』
藤原てい 著,家の光協会,1981,[当館請求記号:914.6/L 1]
『生きる』
藤原てい 著,読売新聞社,1984,[当館請求記号:914.6/L 4]
『たけき流れに』
藤原てい 著,家の光協会,1985,[当館請求記号:914.6/L 5]
『家族』
藤原てい 著,読売新聞社,1987,[当館請求記号:914.6/L 7]
『流れる星は生きている』
藤原てい 著,中央公論社,1991,[当館請求記号:915.9/M 1]
『絆』
藤原てい 著,読売新聞社,1993,[当館請求記号:/F 68]
『あなた、強く生きなさい。』
藤原てい 著,講談社,1993,[当館請求記号:914.6/M 3]
『折々の栞』
藤原てい 著,読売新聞社,1996,[当館請求記号:914.6/M 6]
『流れる星は生きている』
藤原てい 著,中央公論新社,2002,[当館請求記号:916/N 2]

家族の著作

『小説に書けなかった自伝』
新田次郎 著,新潮社,1980,[当館請求記号:910.28/K 6]
『祖国とは国語』
藤原正彦 著,講談社,2003,[当館請求記号:914.6/N 3]
『心に太陽を唇に歌を』
藤原正彦 著,世界文化社,2007,[当館請求記号:J/289.1]
『ヒコベエ』
藤原正彦 著,講談社,2010,[当館請求記号:/F 68]
『父への恋文』
藤原咲子 著,山と渓谷社,2001,[当館請求記号:910.28/N 1]
『母への詫び状』
藤原咲子 著,山と溪谷社,2005,[当館請求記号:910.28/N 5]
『チャキの償い』
藤原咲子 著,山と溪谷社,2015,[当館請求記号:289.1/F 68]

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