山田顕義(明治維新人物調べ方案内 No.19)

山田顕義について調べる資料をご紹介します。資料は山口県資料コーナーや明治維新人物ギャラリーの他、書庫内にあります。

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人物紹介

山田顕義 (ヤマダ・アキヨシ)
弘化元年(1844)~明治25年(1892)
諱:顕孝・顕義、通称:市之允、雅号:狂痴・空斎・養浩斎・不抜・韓峰山人

長門国阿武郡萩町の郊外松本村の鍛冶ヵ原(現:萩市大字椿東字中の倉)に藩士の子として生まれる。安政4年(1857)12歳の時、松下村塾の門下生となる。明治元年(1868)戊辰の役の函館戦において24歳で新政府軍の陸海軍参謀となり、その戦術は「用兵の妙、神の如し」と讃えられた。日本の近代戦術のほとんどが顕義から始まったと言われている。

明治18年(1885)伊藤博文内閣において初代司法大臣に任命され、条約改正に力を注いだ。日本の近代法典の大半の編纂を手掛け、「小ナポレオン」と呼ばれた。日本法律学校(日本大学の前身)の創立者でもある。明治25年(1892)、生野銀山を視察中に死去。48歳没。

資料紹介

伝記

『山田顕義伝』(日本大学 1963 請求記号Y289/Y 19)
松下村塾や時代背景の説明なども記された、伝記の中でも代表すべき1冊。
『山田顕義と近代日本』(萩博物館 2014 請求記号Y289/Y 19)
平成26年に萩博物館で開催された特別展の展示解説図録。
『山田顕義の生涯 学祖略伝』(日本大学資料館設置準備室 2007 請求記号Y289/Y 19)
40ページほどの小冊子。生涯・関連史跡・年表が載っており、入門書としてわかりやすい内容となっている。
『山田顕義 法治国家への歩み』(萩ものがたり Vol.12)(秋山香乃著 萩ものがたり 2006 請求記号Y289/Y 19)
『月刊・松下村塾 Vol.10』(月刊松下村塾編集部編 山口産業 2005 請求記号Y289/Y 86/N 4)
写真やイラストが多数使われている。巻末の年表には時代背景や名前の遍歴も記されている。

研究書

『山田顕義 人と思想』(日本大学総合科学研究所 1992 請求記号Y289/Y 19)
日本法律学校設立に関する研究報告書。
『幕末・維新の西洋兵学と近代軍制』(竹本知行著 思文閣出版 2014 請求記号Y289/O64)
兵部大丞であった山田の徴兵令への考え、制定までの動向を知ることができる。
『岩倉使節団のパリ』(富田仁著 翰林書房 1997 請求記号R210.61/M 7)
山田のパリでの足跡を、岩倉使節団の木戸孝允や同時期にパリを訪れた人物の日記から考察している。
『シリーズ学祖・山田顕義研究』全7集(日本大学 請求記号Y289/Y 19)
研究者の対談と研究論文を収載。自伝の補足資料として活用できる。

文書

『山田伯爵家文書』全7巻+総目録(日本大学 請求記号Y289/Y 19)
約670点に及ぶ書簡、意見書、建議書、山田に宛てた書簡、未公開のものも含む貴重史料を収載。
『山田顕義関係資料』第1~3集(日本大学精神文化研究所 請求記号Y289/Y 19)
西南戦争中、山田が旅団長を務めた別働第二旅団の日記。
『山田顕義の憲法私案』(日本大学精神文化研究所 1993 請求記号Y323/M 3)
憲法草案等の資料を多数掲載。山田の憲法思想の解説が記されている。巻末に憲法私案関係年表あり。

その他

『学祖山田顕義漢詩百選』(日本大学 1993 請求記号Y919/M 3)

インターネットで調べるには(最終確認:2018年11月17日)

日本大学の歴史>学祖 山田顕義(日本大学)

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